NetBeansへ乗りかえ

1年ぶりに、Java周辺の開発環境を調査しました。どれだけ低コストで確実なものを作るか、いろいろ比較してみたところ、NetBeansに行きつきました。日蝕も終わり、また太陽がさしてきましたか。

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これでいいのか?Java EoD

「Javaにクロージャ導入」という話題を読んで、思ったこと。EoDって、そういうことなんでしょうかね?

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自己責任

スクリプト業界は元気です。Java業界は、はたしてどうだろう?

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最終回 2006年 Javaから離れました

企業を辞めてSOHO向けの仕事を始めました。Javaがどうなっていくか、とりあえずは傍から観察したいと思います。

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第20回 SOAが生まれた背景

「何?」と考えるよりは「なぜSOAという言葉が出てきたのか」と考えてみると、しっくりきます。

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第19回 2005年 SOAって何?

「SOAって何?」2005年のIT業界は、この疑問であふれかえっていました。

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第18回 2006年 市役所でSOA

市役所の窓口業務とSOA。技術論抜きのSOA論を書いてみました。

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第17回 2004年 J2EE、EAIへ進出

J2EEベンダーのEAI分野への進出。J2EE1.3から異様に増えた仕様群も、ここでヒノメをみることになります。

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第16回 2004年 J2EEコンテナ競争の終焉

BEAとOracleがしのぎを削っていたパフォーマンス競争。BEAが独壇場だった、最新仕様への対応の早さ。BEAとIBMの市場シェア競争。置いていかれるSun。J2EEコンテナ競争は、6年間の激しい戦いを終えて、次のステージに向かい始めました。

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第15回 2003年 XML地獄

Javaの仕事を振り返るには、XMLで被った苦労は外せないでしょう。

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第14回 の追記

e-Japanがドライブした2つのこと。

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第14回 2003年 e-Japanでオープンソース

2003年、政府のe-Japan構想でIT業界が沸きあがります。このころオープンソース界隈では、Webフレームワーク、J2EEコンテナに続き、第3の波、DIコンテナが登場しました。

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第13回 2002年 Webサービスが世界を変える?

Webサービスが、コンピューターアーキテクチャを根本的に変える!・・・らしい。ものすごい勢いでWebサービス対応製品が生まれ、激戦を繰り広げます。でも私は、冷ややかな目で見ていました。

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第12回 2002年 J2EE先駆者の試み

いくらJavaは難しいといっても、もう後戻りはできない時代。なんとかJ2EEを使いこなせるようにと、だれもが努力してました。J2EEパターンやアンチパターンが登場したのもこのころです。

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第11回 2002年 J2EE1.3の悪夢

2002年ごろ、J2EEのバージョンが上がり、Webアプリケーションフレームワークから「企業情報フレームワーク」へと進化します。しかし「現場から遠い仕様」の習得と、EJBが抱える矛盾に、みんな困惑していました。

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インタールード

「Javaの現場8年」は、ちょっと休憩。

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第10回 Webアプリケーションへの移植

2000年から2002年あたりにかけて、企業システムは次々と、クライアントサーバ型から、Webアプリケーション型に移植されていきました。当時を生きたエンジニアなら、誰もが経験したであろう話。

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第9回 2001年 Strutsの功績

Webアプリケーションフレームワーク-Struts。このソフトウェアは、その機能以上の大きな成果をもたらしました。

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第8回 2001年 デザインパターンとUML

J2EEの普及と共に、その開発方法の確立が急がれ、日本中のJava技術者があれこれ悩みながらプロジェクトを進めていました。このころ注目を浴び始めた、デザインパターンとUML。これはいったい何のためのツールでしょうか。

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第7回 2001年 オブジェクト指向で再利用

J2EE製品がどんどん売れ始めたころの話。ひとり歩きする「オブジェクト指向」を、お客さんに説明するのが大変でした。

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第6回 2000年 J2EEのメリット?

J2EEが登場したころの話です。初心に戻って、なんでJ2EEでなければならないのか?考えてみてはいかがでしょうか。

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第5回 1999年 インピーダンスミスマッチ

EntityBeanの採用は見送られました。処理速度の問題よりは、上流設計とのネゴシエーションがうまくいかなかったためです。

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第4回 1999年 EJBにさわる

1999年、J2EEのリリース前、初めてJavaアプリケーションサーバ・EJBにふれました。トランザクションとロジックの分離が、1つのキーポイントだと感じました。

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第3回 1998年 Java+CORBA

1998年、ある官庁で、まだ実績も乏しいJavaが大々的に採用されました。まだサーバサイドJavaが発展する前のこと、サーバサイドを担っていたのがCORBAです。この「Java+CORBA」で確立されたアーキテクチャは、今現在でも、そう大きくは変わっていません。

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第2回 1998年 Java黎明期

Javaがオモチャだったころ、Linuxもまた、産声をあげてました。そのころの思い出ばなし。インターネットの爆発的な普及は、これらの技術と無関係ではありません。

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第1回 Java生誕10周年

2005年は、Java生誕10周年のセレモニーに、業界全体がわいて(?)いました。そんな中、数々の著名人が「Javaの10年を振り返る」といった趣旨の記事を出しているのを読んで、自分も書いてみたくなったのです。

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