2003年は、モリ総理から(細く長く)続いたe-Japan構想が、一気に進み、そして、酷評を受けた年です。各自治体に多額の資金が投入され、ITベンダー企業は、まるで「信長の野望」よろしく、北から南から国取り合戦を繰り広げることになりました。同じ県市区町村で競合した日にゃ、刺し違えんばかりの値下げ合戦・・・。
このとき、政府も自治体もITベンダーも、口をそろえて唱えていた言葉があります。
まずはStruts。これについては以前記事にしました。
Strutsを利用したチーム開発方法論は、自分たちの中では十分にノウハウが蓄積されていたし、なによりもちょっと飽きていたので、お役所向けに公開する(手放す)ことにしました。
Strutsのような、J2EEを補助する役割のオープンソースを「第1波」と呼んでおきます。
次に、WebコンテナのTomcat。これは、商用のJ2EEコンテナを買うお金がないお客様向けに、しぶしぶ提案するために検証しておいた、いわばリーサルウエポンです。
Tomcatは、なんといってもクセがなく、素直に軽快に動作するのが魅力ですね。Tomcatで動作するアプリケーションは、他の商用J2EEコンテナでも動作します(逆は偽)。
時を同じく、本格オープンソースJ2EEコンテナJBossとEnhydraも着々と実績をかさね、ますます商用J2EEサーバが売れなくなっていきます。(1年後、JBossがとんでもない行動を起こして、大手製品ベンダーたちを敵に回すことになります。が、それについてはまた今度。)
TomcatやJBossのような、J2EEコンテナを無償に(コモディティ化)してしまったオープンソースを「第2波」と位置づけます。
O-RマッパーのHibernate、そして、DIコンテナのSpringFrameworkが登場します。これらのツールは、最近はどんな雑誌でも詳しくとりあげられてはいますが、当時の日本ではまだ、雑誌の白黒ページでちょこっと取り上げられる程度。
それなのに何を血迷ったか、1人の向こう見ずなエンジニアが、誰の相談も承諾も得ずに突如現場に投入してしまったのでした。しかも、お役所さまのシステムに。
当時はちょっと冷や汗かきながら半笑いで使ってたけど、今となっては、J2EEの仕様そのものを変えてしまうほどの大きな影響力と圧力を持ったオープンソースに成長しています。
オープンソースコミュニティが、J2EEという世界標準仕様を変えてしまった。これが「第3波」です。
最初は協力的に見せかけて、徐々にJ2EEを侵食していく。
おそるべし、オープンソースコミュニティ。
e-Japanの内容や、この自治体案件そのものについての詳しい話はやめておきます。が、いろんな意味で、いろんなことが凝縮されたプロジェクトでした。
「王 Japan」とか「ジーコ Japan」とか聴くと、ちょっと胸が波打つのは・・・トラウマ?