ソフトウェア開発会社に就職し、勉強のためにと、なけなしの貯金でNEC ValueStar MXを買いました。職場の先輩からは「プロの買い物じゃない」などと馬鹿にされ、ゲンナリ落ち込んだ覚えがあります(当時の国産PCは、AT互換機じゃなかったため)。
一方で、IT業界では「メインフレームからのダウンサイジング」「オープンシステム」なんていうキャッチフレーズが盛んに使われていて、一足先にSEになっていた兄貴は「これからはCを勉強しろ」なんていうし、じゃあ、自分のパソコンでC言語を勉強できる環境を持とうと、Turbo Linux 0.x を私の愛機にインストール。これが、Linuxとの出会いです。
会社でアセンブラ、自宅でC言語を学んだあと、次に目にとまったのがJavaです。当時のJava1.xといえば「アプレット」が代名詞。画面を自分で作れるのが魔法のようで、のめりこんだのを思い出します。
なぜこの順番で勉強したかといえば、どれもこれも無料で手に入ったからです。・・・今思えば、インターネットはダイヤルアップだったし、Javaの技術を解説したサイトなんてのもあまりなかったので、通信費や書籍代だけで、ずいぶんお金を使ってたはずですが・・・。
8年前、無料で手に入る技術は、どれもこれもバージョン1.xとか0.xで、まずまともに動きません。こんなもん、ヘビーなパソコンユーザーが、物知り顔でオモチャいじりに使ってるだけでした。それが今では、JavaもLinuxも大企業の中枢でバリバリ働いています。そして、同時に進化してきたインターネット。
Javaは、あきらかに、インターネットの普及を見据えて登場した言語です。Linuxは「オープン」の意味を「物理的なオープン」から「オープンマインド」にまで引き上げました。そしてインターネットは、それらの技術や思想の普及をさらに促進していきます。Javaは、そのときそのときのネットワークやマシンの性能を限界まで駆使する言語です。「たんに重いだけじゃん」と言うことなかれ、それによって、またハードウェアも進化していく。この数年間、この3点セットの相乗効果がものすごく感じられたのでした。
そして、偶然そうなったのではなく、最初からこういう時代になることを予測している仕掛人がいます。Javaを作った人々もそうでしょう。こういう視点でものごとを考え、実際に実行する人たちって、すごいなぁ。と、つくづく感じるのです。
最近では、「Web2.0」も、こういう雰囲気をもってますよね。
会社では、メインフレーム系のプロジェクトが圧倒的に多かったのですが、オープン系のキャリアを積みたいと思っていた私は、何をトチ狂ったのか、「オープン系をやらせてもらえないのなら、会社辞める」なんてことを部長に言い放ってしまいます(いま思えば、顔から火が出るほど、馬鹿なド新人・・・)。
それを熱意ととらえていただいたのかどうかはわかりませんが、希望通り、官庁向けのJava+CORBAシステム(その当時は最先端!)のプロジェクトに配属されました。
なにごとも、言ってみるもんだ。と、そのときに学ぶ。
第3回は、そのときの話にします。